渡蝦夷前夜
埼玉〜長岡〜新潟
1999年8月7日 土曜日 快晴
ルート | 自宅ーR17−R407−関越自動車道(花園〜長岡)−不明ーtaxi宅 |
走行時間 | 4時間半(休憩含む) |
走行距離 | 230km |
昼の3時半頃に家を出る。バイクに荷物を積んでいると、キョジン族から電話があり、奴の家に寄ってみた。彼は勤務地が川崎で、いまこっちに帰ってきているらしい。奴にもここのURLを送ったのだが、書きこんだり見たりしない男で有名である。仕事が忙しいみたい。オレの兄に関する内緒話をしたら、かなりショックを受けていた。
あと、彼のお母さんが、またチェイサーを買っていた。何台チェイサーに乗るつもりなんだろ。
花園から関越に乗る。よく考えたら、下で高崎まで行って、カラテカの家に泊めさせてもらってもよかったかな。予定としては、新潟まで行って釣りの先輩の寮で3泊するはずなのだが、三日前あたりから全く連絡が取れない。携帯はつながらないし、メールを送ったのに返事が来なかった。高速道路のどこで降りればいいか分からなかったが、とりあえず新潟目指して走って行く。
途中赤城あたりで小雨がぱらついたが、おおむね天気はよろしい。長岡の手前までは案外早く着いてしまった。
実は先輩がつかまらなかったときのために、最終手段として、長岡に住んでいる、こいつも釣り部の、taxiなるものの家に泊まらせてもらおうと思い、キョジンの家からmaggioに電話をかけて、彼の家の電話番号を聞いておいた。長岡の手前のサービスエリアで止まって、電話をかけてみるが、taxiもつかまらない。図書館に行ってるそう。どうしよう。
このとき、6時前だったので、7時までには図書館も終わるだろうと思い、そこのサービスエリアで時間をつぶす。コシヒカリアイスというものがあったので、買ってみたら、なんと250円もした。大して美味くなかった。米が入ってた。250円もするだけあって、高級スプーンだった。
本を読んで時間をつぶしていたが、7時過ぎてもまだ帰ってこない。今日はここで野宿か、と半ば覚悟していたのだが、8時近くになってやっと連絡が取れる。良かった。
長岡駅で待ち合わせて、taxi宅に向かう。お母さんと弟も一緒に迎えに来てくれた。それにしても、長岡は都会だねえ。新潟を侮っちゃいけないぜ。
taxi宅では盛大におもてなしを受けた。ご両親と一緒にビールを飲み、taxiの悪口を言い合いとても楽しい。お母さんはきれいで、弟もカッコよく、taxiと本当に血がつながってるのかな、と思った。なんでも、taxiとお父さんは、一緒に橋の下で拾われてきたそうだ。
この日は、トラブルはあったが、大満足で眠りについた。
1999年8月8日 日曜日 晴れ
ルート | taxi宅ー不明-R8−R116−先輩宅 |
走行時間 | 1時間 |
走行距離 | 100km |
8時起床。taxiおばあさんの盛大な朝食をとる。昨日の夜、先輩と連絡がつき、今日の10時に連絡をする約束をしたので、それまでtaxiの部屋で、本を読んだりうたた寝をしたりしながら時間をつぶす。10時になり電話をするがつながらずあきれる。
しようがないので、taxiに車で長岡観光に連れていってもらう。寶何とか神社と言うところに行くがけばけばしいだけで、くだらなかった。とにかく赤いだけ。赤い。
写真で見ると、ちょっとかっこいいが実際は、どうしようもない。赤い。
なんか、水があったので飲んでみたが、とくにどうということもなく、ぬるいだけだった。
その後信濃川に行って、川を見たが、だからどうってこともない。唯の時間つぶし。暇なので写真を取ってみたが、とくにきれいでもない。二人でだらだらしていると、先輩から電話があり、一時間後に落ち合うことに。とりあえず連絡が取れて良かった。
ガストで昼食を食べながら、近況を報告し合う。オレの斜め前に座ってる人がきれいだった。いつも通り、320グラムハンバーグを食べ、いつも通り気持ち悪くなった。
暇なので柏崎に海を見に行くことにした。ちょうど日曜日だったのでクソ混みだった。渋滞の中をえんえん行った割には、海もとくにたいしたことはなく、全体的に新潟県はたいしたことがなかった。
taxiの家に戻り、ご両親にお礼を述べた後で、そろそろ先輩の家に行くことにした。先輩の車のあとをバイクでつけて行く。彼は最近車を買って、それがとても速い車なのでゆっくり行くように念を押す。でも、バイクって車と違って車重が軽いから、スタートは速いのさ。ところが、スタートでもかなりきつかった。恐るべし、B4。
1999年8月9日 月曜日 快晴
ルート | 先輩宅−R116−フェリーターミナル−R116−青山海岸−先輩宅 |
走行時間 | 3時間くらいか |
走行距離 | 120km |
昨夜2時くらいまで起きていたので、朝7時に起き少々つらい。いままで夜型の生活をしていたから、朝型に変えるのはなかなか大変。8時ごろに先輩と同居人を送りだし、洗濯をする。あまりしたことがないので、ちょっともたつく。
洗濯物を干し終わった後で、明日フェリーに乗るので、一応道を間違えないように、フェリー乗り場に行ってみる。外はカンカン照りで、暑いのなんのって。サングラスでバイクに乗るので、スキー焼けっぽくなる。
だいぶ迷ったが、フェリー乗り場までの道のりはわかったので、海に行くことにした。先輩の家からは海がすぐ近くで、バイクで15分くらい。海パンを持ってきてなかったので、それも買う。
あー、でも海って言うところは、一人で来るもんじゃないね。まわりはみんなカップルとかグループばっかり。オレは、こんなところで何をやってるのかなあ、とちょっと冷静になったりする。
でも、高っけーサンオイルとビーチベッドを買ってしまったので、気合で焼く。半そで、サングラスで変なふうに焼けてしまったのを直そうと思ったが、3時間くらいいたのに、あんまり改善はされなかった。
でもこの日は月曜日だったので、あんまり混んでいなかったのが、せめてもの救いだった。
この日はちょうど新潟市の花火大会で、先輩から電話があり、7時半頃帰れるそうなので、その後一緒に見に行くことに。先輩が仕事で少し遅くなったため、花火が始まって一時間後くらいに行った。それでも一万何
千発とかだったようで、初めはすげーなー、とかいって見ていたが、だんだん飽きてくる。とりあえず、最後の花火だけ見せてくれよって感じ。
右の花火は、河原ではなく、住宅街から撮ったものなので、電線が写っています。
花火は、写真に撮るといきなりつまんなくなってしまう。
本当は、もっときれいなんだけど。
下のは、最後のナイアガラ。これはまじでかなりきれいだった。
花火の後、先輩に焼肉をおごってもらった。塩タンうめー。これからは、三食塩タンでいいや。